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「コールドケース3」 #8 英雄 / Honor @ WOWOW
2008年02月25日

「コールドケース3」 #8 英雄 / Honor

【「おいおい・・・」 (ー"ー;) 】
恐らく、この話でキャット・ミラー(トレイシー・トムズ Tracy Thoms)が初登場したと思います。

彼女は、まだこの頃は、麻薬課の勤務で、ガサ入れした家屋の中でブレスレットの入った箱を見つけます。

このブレスレットは、ベトナム戦争捕虜の親族などがつけるブレスレットで、なぜそれがここにあるのかを不思議に思ったキャット・ミラーは、スティルマン(ジョン・フィン John Finn)らに連絡したのでした。

再捜査は一瞬で決まります。

というのは、スティルマンは元ベトナム兵士で、ブレスレットに刻まれている兵士、カール・バートン(ジョン・オルソップ John Allsopp)は英雄だと知っていたためです。

「いいか、カールを他人だと思うな。家族のように取り組め!」


というスティルマン。

┐(´д`)┌ ハ?


その後の捜査に、その言葉は生かされていなかったのでした・・・。

【関与している人物】
  • ネッド・バートン - カールの息子。現在は病院で研究医。

  • ジャネット・バートン - カールの奥さん。

  • ダニエル・ポッター - 父親のレックス・ポッターは、カールと同じ、戦争捕虜捕虜になっている時、拷問で死亡している。

  • ケン・ウェスティン - カールと同じ、戦争捕虜。現在は劇場の警備員。

  • ロジャー・レイト - カールと同じ、戦争捕虜。帰還兵協会のような組織の上層部で、スティルマンとは戦友。

さて、これだけで、誰が犯人か解るでしょうか?

(私は一発でした。他に動機を見つけられる人が居ないもん。)

【あらすじ】
1972年08月16日。家族や親戚、友人たちが、カール・バートンのベトナム戦争からの帰還パーティの準備をしています。

息子のネッド(スカイラー・ギソンド Skyler Gisondo 1972年)はブレスレットを入れた箱は、自分が作ったんだ、と得意げですが、お母さんのジャネット(ホイットニー・アレン Whitney Allen 1972年)は忙しくて聞く耳を持ちません。

そんな中に返ってくるカール。自作の箱を見せ、「ブレスレットは友達とか皆でつけていたんだよ」と話すネッドに、涙するカールです。

ブレスレットは帰還することを願って作られたもので、帰還した兵士にはそれを回収して贈呈する、という習慣があったそうです。その贈呈役は、とても大切な役割のようでした。

その後、雨の中、お腹を銃で撃たれ、死んでいるカールが発見されます・・・。

-- 再捜査のきっかけは前述の通りです。--

カールの奥さんのジャネット(ブリン・タイラー Brynn Thayer 2005年)は「ブレスレットは捨ててしまった」と話しており、また、「カールとは心が通じなくなっていた」と言います。カールは独りで何時間も散歩に出たりしていたそうです。

カールはハノイで戦争捕虜になっており、かなりの拷問を受けていたおかげで、骨折した両腕が肩よりも上に上がらなくなってしました。

また、カールが死んだ時、着ていたジャケットから麻薬の袋が見つかっています。

息子のネッド(クリストファー・コジンス Christopher Cousins 2005年)は研究医をやっており、父親のことは「英雄ではないことを知られるのを恐れていたのではないか」と言います。麻薬のことは「やっているような気配はなかった」と話します。

劇場で警備員をしているケン・ウェスティン(マイケル・マンテル Michael Mantell 2005年)もカールと同じ戦争捕虜でした。スティルマンの戦友であるロジャー・レイト(ジェームス・ハンディ James Handy 2005年)も同じようにカールのことを知っていたようです。

彼らからの情報や、身辺を探っているうち、カールはかなり精神的に不安定であったことが解ります。また、捕虜となっている最中、苦痛に耐えきれず敵に屈しており、それが原因で帰還できた、ということも解ります。

カールが死んだ日は、同じように捕虜になっていたレックス・ポッターの葬儀の日。息子のダニエル・ポッター(ウィリアム R. モーゼス William R. Moses 2005年)によると、死んだ父親のことを聞きたくて、何回もカールを訪ねているようです。それでも自分にまとわりつかれることを嫌がったカールは、ダニエル(マイケル・ウェルチ Michael Welch 1972年)を邪険に扱います。

ダニエルは、自分の父親であるレックスを身捨てた、カールのことを憎んでいます。周りの捕虜仲間も、自分たちを身捨てて一人だけ帰還したカールのことを、軽蔑しています。

ネッドはそのことも嫌だったのでしょう。またケン(ラリー・ドーフ Larry Dorf 1972年)が自分の父親のように、いつもそばにいてくれたことは、悪くは思っていなかったようです。

が、そのケンは、実は神経症で除隊になっており、参戦どころか、捕虜にもなっていませんでした。それをあたかも、戦争を体験したかのように、自分も捕虜になったかのように、それらを偽って話して、ネッドのそばにいたようです。

それを知り、憤るカール。レックス・ポッターの葬儀の後のパーティに、ケンを訪ねて行きます。

が、そこには麻薬でヘロヘロになったダニエルがいました・・・。

【解るんだけど、弱い・・・】
第二次世界大戦当時、日本軍のベトナム占領への関与を棚に上げて話します。


1959年、フランス軍の撤退とアメリカ軍の関与に端を発するベトナム戦争ですが、当時のホー・チ・ミン率いる、「南ベトナム解放民族戦線(以下、民族戦線)」は本当に結束が強いでした。

数や物量で確実に勝っていたアメリカ軍ですが、民族戦線は、ゲリラ戦法など、敵兵を内面から疲労させる方法で、戦略的に勝っていた、と言えると思います。

アメリカ軍は「もう降参 (_ _,)/~~ コウサン 」という行為を行わなわず、1969年のニクソン大統領に政権が移ってから、撤退の兆候があったため、最終的にどん底まで突き落とされる結果となったように思います。

しかも (_ _,)/~~ コウサン は、当時の南ベトナムの大統領、ズオン・バン・ミンにやらせている始末です。

戦争末期、アメリカ大使館の占拠は生々しい映像でしたし、サイゴン(現ホーチミン市)の大統領官邸に民族戦線の戦車が突っ込むシーンなど、「あー、もう、終わりだな」と感じた方も多かったでしょう。

ちなみに、私は1968年生まれですので、ベトナム戦争のことはほとんど覚えていません。

アメリカ兵は、民族戦線に捕虜となり、ハノイに移送され、かなり激しい拷問を受けていたことは、あまり世間的に知られていません。

どちらかというと、アメリカ兵がベトナム兵に対して行った残虐な行為の方が、世間では浮き彫りにされているので、このようなタッチで「俺たちも大変だったんだ」と訴えられても、特に直接的にベトナム戦争に関与していない日本人にとっては、インパクトが弱いのが正直な気持ちです。

恐らく、その部分については言及しないで、

「苦痛からの解放と戦友への誇り(honor)とどっちを選ぶのか?」

ということを重要として考えると、

「苦痛から解放される一時的な快楽は、周りから一生軽蔑される苦痛を呼ぶ」

ということがテーマなのでしょう。



現代は、そのように、自分の生死を左右する「究極の選択」を迫られる機会が少なくなった分、かなり平和であると言えます。

平和であると同時に、「ソフト」になった、ということも言えます。

また「生命の尊さ」(人だけでなく、生きているもの全て)への認識が、かなり低下しているのも事実です。ゲームと同じようやったら人はどうなるのか、と人を(結果的に)殺してしまったり、動物を平気で傷つけたり、殺してしまったり。

スティルマンの言動は別として、生命の本質として考えると、私たち自身がよく考えないといけないテーマであると私は認識します。

皆さんはいかがですか?
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